定年退職、めざすぞアイアンマン

昔からいつかトライアスロンをやってみたいと思っていた。思っていただけで、なかなか実行できず年ばかりとった。このままじゃ一生やらないで終わってしまうと、定年退職を機に始めた。

長良川延期の連絡。花見を兼ねてスロージョグ。

5月13日(木)

 来週末の「長良川ミドルトライアスロン」は秋に延期となった。変わらぬコロナの猛威の前で、たぶんそうなるだろうとあきらめていた。こんな状況で参加しても後ろめたいなあ、思っていた。ある意味、気持ちはすっきりした。

 

 レースという「自分を測る」場面が欲しい。トライアスロンを始めてレースに出て、これまで経験のない楽しさは、「エイジで競う」という場面が多いことだ。

 最初は完走出来れば楽しかった。(よくやったなぁ。)と自分をほめた。競技を始めて2年後に宮古島の大会を、13時間半の制限時間ギリギリだったけど完走した。65歳という年齢枠上限最後の年だった。ロングを完走したことは大きな自信になった。

f:id:nabejiji:20210513065401p:plain

某誌に掲載された宮古島トライアスロン大会。息も絶え絶えでゴールするところ。雨の中、ゴールで伴走してくれた子供たちに感動、感謝。

 (よくやったぞ。俺は。)と思ったけど、しばらくすると同年代の人でも格段に早くゴールしている人がたくさんいることに気づいた。ただ、長年この競技をやってる人たちだろうし、俺のような初心者とはわけが違う。

 でも、彼らに近づきたい。彼らと何が違うのだろう。

 マラソンは20年経験し、人と競う、という気持ちはそれほど強くなかった。「以前の自分より良い記録を」と思いながら走っていた。

 でも、トライアスロンは「エイジ」で競う。同年代のがんばりは大きな励みになるし、モチベーションを高く維持できる。実に楽しい。歳とっても競い合えることを楽しんでレースしたい。あと3年で70歳だけど、まだまだやれる気がするのだ。

 仕事に就いていた頃、晴れた気持ちのいい天気のときでも外に出ることも出来ず、窓越しに(こんな日は、ゆったりと景色を見ながらジョグしたいな。)ということに憧れた。

 歳とって、無職になるとそれが許される。近所の人から見られても後ろめたくない。堂々と外を走る。

 先日は、花も満開、うらうらと暖かい天気の日があり、いそいそと20㎞のジョグに出かけた。あんまり気もそぞろだったので、音楽を聴くイヤホンを忘れた。2時間何も聴かずに走ったが、鳥の声がよく聞こえた。

 こんな日は、本当に(生きていてよかったなぁ。)と思うのだ。ドーパミンとβ‐エンドルフィンが大量に噴出した気分になるのだ。

f:id:nabejiji:20210513172653p:plain

 

 気持ちよく20㎞を2時間以上かけて走ってきた。

 しかし、どういうわけか、翌日殿筋がひどく疲労していた。20㎞のスロージョグで翌日にこんなに疲労感を味わうなんて…、とこれまで経験したことない疲労感にかなりショックを受けた。もっともその翌日には回復したのだが。

 ランニングだけは20数年続けて、ここ数年、これまではなかった痛みや疲労を感じることがある。特に距離を伸ばしたとか、強度をあげたとか、ではない。加齢によるものなんだろうけど、振り返れば、40代半ばからランニングを始めて、いつの年代でも似たような経験はあった。それでも今日まで続けてこれた。だから、これからも続ける。